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東京地方裁判所 昭和26年(行)41号 判決

原告 広田猛夫 外十二名

被告 東京都知事

一、主  文

原告斎藤の請求を却下する。

東京都杉並区長が昭和二十五年三月二十三日附で原告広田、橋口(寛)、阿部、宇田川、伊東及び訴外大菅房次郎に対し、又同年八月二日附で原告嶋津に対し与えた建築許可に附随する別紙目録記載の条項中、条項(三)並に条項(五)(六)中条項(三)に関する部分及び条項(ハ)並に条項(九)中条項(ハ)に関する部分が何れも無効であることを確認する。

原告広田、橋口(寛)、阿部、宇田川、伊東、大菅(広吉)、大菅(喜代美)、竹中、松永、今平、橋口(クニ)、嶋津のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告斎藤と被告との間に生じた部分は全部原告斎藤の負担とし、その余の部分はこれを五分し、その四をその余の原告等の負担とし、残余を被告の負担とする。

二、事  実

原告等訴訟代理人は「訴外東京都杉並区長高木敏雄が昭和二十五年三月二十三日附で原告広田、橋口(寛)、阿部、宇田川、伊東及び訴外大菅房次郎に対し、又同年八月二日附で原告嶋津に対して与えた建築許可に附した別紙目録記載の条項(以下本件条項と称する)は何れも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求めると申立て、請求の原因として、

「東京都杉並区荻窪三丁目百二十一番地、百二十二番地、百二十三番地の土地(本件土地と略称する)は東京都に於ける都市計画の中央線荻窪駅前広場に指定され、昭和二十五年十一月二十六日建設省告示第一二八号を以て右広場設定事業の施行年度の決定を見たが、昭和二十四年五月十日該決定は廃止せられた。そこで原告広田、橋口(寛)、阿部、宇田川、伊東は昭和二十四年十二月十三日附で右百二十一番地の土地につき、訴外大菅房次郎は同年同月同日附で右百二十三番地の土地につき、原告嶋津は昭和二十五年七月二十九日附で右百二十三番地の土地につき、それぞれ被告に対して建物建築許可の申請を為した処、訴外杉並区長は同年三月二十三日附で原告広田、橋口(寛)、阿部、宇田川、伊東及び大菅房次郎に対し、同年八月二日附で原告嶋津に対しそれぞれ都市計画上必要であるとして本件条項を附して建築許可をなした。よつて右の者等は右の建築許可に基きそれぞれその地上に建物を築造した。原告斎藤は昭和二十五年六月一日原告橋口(寛)よりその築造建物を本件条項(五)による承認をなさずに買受け、又大菅房次郎の右百二十二番地の土地についての建築許可申請は昭和二十五年七月二十二日その一部が原告竹中に、同年八月三日その残余の中の一部が原告松永に、それぞれ申請人名義が変更され、右百二十三番地の土地についての建築許可申請は昭和二十四年七月三十日その一部が原告今平に、昭和二十五年八月三日その残余が原告橋口クニにそれぞれ申請人名義が変更されたが、大菅房次郎は昭和二十六年八月九日死亡し、原告大菅広吉、大菅喜美代において房次郎の申請人としての権利義務を共同相続したものである。

処で杉並区長は都市計画法施行令(以下単に施行令と略称する)第十一条の二、第十二条、昭和二十三年東京都規則第二〇〇号(以下単に都規則と略称する)第七十二号に基いて本件条項附で右建築許可を為したものであるが施行令第十二条は同条に定める権限の帰属者を明らかに都道府県知事に限定して居る。而して右都規則の規定によつて、施行令の規定を変更することはできない筈であるから、右都規則第七十二号に於て施行令第十二条所定の事項を東京都特別区長に委任すると言うその趣旨は施行令第十二条所定の権限を区長に委譲する趣旨とは解し得ず、単に同条所定の事務の処理を委託するに過ぎない所謂事務委任であると見るのが相当である。従つて杉並区長が右建築許可に本件条項を附したのは被告を代理して為したものと言うべきところ、右条項は左記理由により当然無効なものである。本件条項を総括的に見て前述の駅前広場設定事業は本件条項を俟つまでもなく、正当の補償の下に都市計画法、特別都市計画法並にそれらの施行令、土地収用法等の規定によりその施行が可能なのであつて、本件条項は前述の駅前広場事業施行の為に必要な施行令第十二条に所謂条件でないことは明らかである。よつて本件条項を附することは施行令第十二条所定の被告の権限外のものと言うべきである。

又本件条項を個別的に見るも(イ)本件条項(一)は右建築許可に基き築造された建物の収去を定め、本件条項(四)はその建物を担保に供することを禁じ本件条項(五)はその建物の譲渡転貸に際つての義務を定めて右各条項は何れも私有財産の収用若くは制限を定めて居る。他方本件条項(二)は収去につき一切の補償をなさざる旨を定め、その他の制限についてもこれに対する補償の規定はない。然し乍ら現行憲法の下に於て公共の利益の為に私有財産を収用若くは制限する場合には必ず正当の補償の下になさなければならないものであるのに、都市計画事業施行の為とは言え、本件条項(一)(二)(四)(五)の如く換地の指定はもとより、将来一切の補償をなさずに、私有財産を収用若くは制限することは明らかに憲法の趣旨に反するものである。施行令第十一条の二、第十二条は右の如き憲法違反の事項についてまで被告に権限を附与するものではないから此の点からしても本件条項(一)(二)(四)(五)は被告の権限に属せざるものと言うべきである。(ロ)本件条項(三)は行政執行法によつて代執行せられるも異議申立権を抛棄せしめる旨を規定して居る。然し前述の如く本件条項附建築許可がなされた当時既に行政執行は廃止せられて居たものであるから行政執行法に基く代執行も、それに対する異議申立もあり得ないことであつて、本件条項(三)は不能の事項を定めて居るものである。(ハ)本件条項(五)中には建築許可を受けた者が、その築造建物を転貸するに際つての制約を定めて居る。これは建築許可を受けた者が築造建物の賃借人となるものとする見解に立つて右の如き制限を附したものと認められるが、建築許可を受くる者は自ら建物を築造するものであつて、自らその建物の所有者となるものであり、賃借人となる者ではない。従つて本件条項(五)中転貸に際つての制約を定める部分は行政庁の意思表示の要素に錯誤あるものである。(二)本件条項(七)(八)は、本件条項(一)乃至(六)の履行確保の為に公正証書を作成せしめること及び該公正証書に基き仮処分をなし、之が登記を経由することを定めて居るが、斯の如き事項は訴訟法上不能のものである。

以上の理由によつて本件条項はすべて当然無効のものであるにも拘らず、被告は本件条項を有効なりとしてこれに基き原告等に対して右建築許可に基き建築された建物の収去を命じて来て居るので、原告等は被告に対する関係に於て本件条項がいづれも無効であることの確認を求めるものである。」と述べた。(証拠省略)

被告指定代理人は訴却下の判決を求め、

「被告は施行令第十一条の二、第十二条により東京都都市計画区域内の土地について建築許可をなし、之に都市計画上必要な条件を附する権限を附与せられて居るが、地方自治法第百五十三条第二項第二百八十三条に基き都規則第七十二号によつて右事項を東京都特別区長に委任した。然して地方自治法第百五十三条第二項、都規則に所謂委任とは単なる事務委任に止まらず、権限そのものの委譲を言うものであるから、被告は東京都都市計画事業の施行者ではあるが、右事項に関する権限は之を有せざるに至つたものと言うべきである。よつて杉並区長の附した本件条項の無効確認を求める本訴請求に於て被告たる適格を有するものは本件条項の効果の帰属者たる訴外国か、又は行政処分の無効確認訴訟にも行政事件訴訟特例法第三条を準用するとせば処分庁たる杉並区長であつて、被告は本訴請求について当事者適格を有しないから、本訴は不適法として却下せらるべきである。」と主張し、

本案について請求棄却の判決を求め、

「原告等主張事実中本件土地が東京都都市計画荻窪駅前広場に指定(昭和二十一年八月二十日戦災復興院告示第一〇〇号による)され、原告等の主張の如く一旦右駅前広場設定事業の施行年度が決定されたが該決定は廃止されるに至つたこと原告等主張の如く被告に対し本件土地につき建築許可申請がなされ、之に対し杉並区長が施行令第十一条の二、第十二条、都規則第七十二号に基き、都市計画上必要であるとして本件条項を附して建築許可を為したこと、原告等主張の如く建築許可申請人名義が変更されたこと及び大菅房次郎が昭和二十六年八月九日死亡し、原告大菅広吉、大菅喜美代が共同相続したことはいづれも認めるが、その余は争う。」

「右建築許可に本件条項が附せられるに至つた経緯は、本件土地の荻窪駅前広場設定事業はその施行年度の決定が一旦廃止せられたが、都市計画における駅前広場としての指定はそのままであり、近い将来に於て事業施行を見ることが明らかであり、本件土地上に建物が存することはその事業執行に少なからぬ支障となるし又他方許可申請人等としても新築早々の建物を移転しなければならないことになれば頗る不経済不利益なことであるので、杉並区建築課長その他の者が原告嶋津を除く前記許可申請人等に対し右の事情を説明して建築許可はしない方針であることを告げたが、原告嶋津を除く右許可申請人等は再三その許可方を陳情し、昭和二十五年二月十七日附で杉並区長に対し都市計画事業実施の際は如何なる条件でも異議なく建物を撤去する旨の請書まで提出したので杉並区長は都市計画上必要として本件条項を附して原告嶋津を除く右許可申請人等に建築許可を為したのである。又原告嶋津に対する建築許可についても事情は略々右と同様である。本件土地上に建物が存在するときは荻窪駅前広場事業施行の障碍となるので、前述の事情からその建物の移転に支障渋滞を生ぜしめぬ為に必要な本件条項が附せられたのであるから、本件条項は正に「都市計画上必要な条件」であつて何等違法の点はない。又仮に本件条項が都市計画上必要なものではないと認められても、如何なる条項が施行令第十二条に所謂都市計画上必要なる条件に該るかの認定権限は杉並区長の有する処であるから、その認定を誤つて「必要でない条件」を附したとしてもそれは事実上の判断たる認定の誤りであるに過ぎないから、それだけでは右処分が権限外の行為であるとは言へない。

よつて以下に本件各条項について見る。

本件条項(一)は許可建物の収去を規定して居るが、本件土地上に建物が存在することは荻窪駅前広場設定事業の実施の障碍となることは明らかであるから、その事業執行の為に建物の収去を命ずることは当然である。

本件条項(二)について見るに、本件土地が近く都市計画の右広場設定事業の施行を見ることを知り乍ら本件土地上に建物を建築しようとする以上、建築許可の利益を受ける反面無補償でその建物を収去すべき義務を負担することは事理上当然であり、然も前述の経緯を見れば右許可申請人等は本件条項を承諾して居たものである。又本件の事例は建築許可そのものに本件条項が附せられて居たのであるから、既得の私有財産を新に収用若くは制限する場合とは本質的に異なり憲法の禁ずる処ではない。

本件条項(三)中には「行政執行法」なる記載があるが、之は行政代執行法の誤記である。行政執行法は当時既に廃止せられて居り、本件条項の表意者の真意が行政代執行法を表示する意思であつたことは本件条項自体から常識上も明白であるから右は行政代執行法と訂正の上その効力を判ずべきであつて、行政執行法なる記載があるからと言つて不能の事項を定めたものと目すべきではない。

本件条項(四)以下の各条件は本件土地上の建物の所有者、占有者が変動し、又はその建物につき担保権を有する者が生じた場合、その第三者に本件条項の効力が及ばないと、右荻窪駅前広場設定事業施行の障碍となるのでその障碍を生ぜしめない為めに必要であるから附せられたものである。本件条項(五)中転貸とあるのは本件条項(三)に於けると同様「賃貸(転貸を含む)」の誤記であつて、その様に訂正の上効力を判ずべきものであり、意思表示の要素に錯誤あるものではない。

以上の通りであるから本件条項が当然無効であるとの原告等の主張は理由がない。」と述べた。(証拠省略)

三、理  由

先ず被告が本訴請求について当事者適格を有しないとの被告の主張について検討する。施行令第十一条の二第十二条によれば被告が東京都における施行令第十一条の二所定の土地についての建築許可に「都市計画上必要な条件」を附し得る権限を附与せられて居ることは明らかである。然し施行令第十二条の規定は知事に右権限を附与するに止まるものであつて、原告等の主張するが如く右権限を有する者を特に知事に限定し、その権限を他に委任することを禁ずる趣旨とは解し得ず、他方地方自治法第百五十三条第二項は知事が自己に属せしめられた国の事務をも含めてその有する権限を委任することを許すものと解されるから、被告は同条同項第二百八十三条によつて右権限を東京都の特別区長に委任することは可能であると言わなければならない。然も都規則(東京都区長委任条項)には、「左に掲げる事項は区長に委任する」とあり、その第七十二号中には施行令第十一条の二に規定する事項が挙げられて居るが、施行令第十二条の規定する事項は施行令第十一条の二に規定する許可に附随し、これと一体をなすものであると認められるので、都規則の第七十二号は同号所定の範囲で施行令第十二条の事項をも含めて杉並区長に委任するものと解されるが地方自治法第百五十三条第二項を考へ併せれば右委任は施行令第十一条の二、第十二条に規定する権限そのものを委譲する趣旨と解するのが相当である。従つてその委任の結果被告は都規則第七十二号所定の範囲で施行令第十二条の権限は之を有せざるに至つたものと言うことはできる。然し乍らある行政庁の為した一定の行政処分が有効に存在する以上関係行政庁はその行政処分により設定された権利義務に基き行為することができるし、又行為する義務を負うものでもあるからその行政処分により違法に権利を侵害せられた者はその利益ある限り、関係行政庁に対する関係に於ても当該行政処分の無効確認を訴求し得るものと解するのが相当である。ところで本件条項は前記の如く杉並区長が右の如く委譲を受けた権限に基き「都市計画上必要な条件」として附したものであるから、被告は東京都都市計画事業の施行者として本件条項に基き前記広場設定事業の施行を為す関係にある(本件条項中に被告に対する義務を規定するものあることからも明らかである)ものであつて本件条項に基く事業施行を受ける関係にある者は被告に対する関係で本件条項の無効確認を求めるについて利益あるものなることは明白である。従つて被告としては本訴請求について当事者適格を有するものと言うべきである。(行政処分無効確認訴訟に於て従来その当事者を必ずしも権利義務の主体である国又は公共団体のみに膠柱しないで行政事件訴訟特例法第三条の規定即ち形式的手続的当事者の概念を準用して来たのは、専ら右の如き行政争訟の特殊性に因るものなのである。)よつて被告のこの点の主張は採ることができない。

然し原告斎藤の主張する処によれば原告斎藤は原告橋口(寛)が右建築許可に基いて築造した建物を本件条項(五)にある様な承認をなさずに買受けたと言うにあるところ、原告橋口(寛)に対してなされた右建築許可に附せられた本件条項は、建築許可申請人として負担するもので、単に右許可に基いて建築された建物の取得者(所有者)として当然に負担するものではないことは右(五)の条項の存することからしても明であるから、その有効なるとに関はりなくその効果が原告斎藤にまで及ぶ謂れはないので、原告斎藤が本件条項に基く右広場設定事業の執行を受ける虞はないものと認められ、又被告が本件条項に基き原告斎藤に対して右譲受建物の収去を命じたとの事実はこれを認めるに足る証拠はないが、仮令その様な命令がなされても、その命令の効力は前述の処からして明らかな様に本件条項の有効、無効によつて左右されるものではないから、原告斎藤は本件条項の無効確認を請求するにつき即時確定の利益を有せざるものと言うべきである。よつて原告斎藤の請求はこれを却下する。

そこで爾余の原告の請求について考える。

本件土地が東京都都市計画に於て荻窪駅前広場に指定され、昭和二十二年十一月二十六日建設省告示第一二八号を以て右駅前広場設定事業施行年度の決定を見たが、昭和二十四年五月十日該決定が廃止されたこと、原告広田、橋口(寛)、阿部、宇田川、伊東、嶋津及び訴外大菅房次郎が被告に対し本件土地について建築許可申請をなし、杉並区長が本件条項を附してその建築許可をなしたこと、原告今平、竹中、松永、橋口(クニ)がそれぞれ大菅房次郎よりその右建築許可申請の一部につき各々建築許可申請人名義の変更を受けたこと。大菅房次郎が昭和二十六年八月九日死亡し、原告大菅(広吉)、大菅(喜美代)が共同相続したことは当事者間に争がない。

ところで原告等の、本件条項は都市計画上全く不必要なものであるから本件条項は施行令第十二条に定むる権限外の行為であるとの主張について判断する。施行令第十一条の二、第十二条、都規則第七十二号により杉並区長は同号所定の範囲で建築許可に「都市計画上必要な条件」を附する権限を附与せられて居り、杉並区長はその権限に基づいて都市計画上必要なりとして本件条項を条件として附したものであることは前述の通りであり、然る以上その必要性の有無は本件事例の具体的事実に基いて決せられる事実上の評価判断に過ぎず、その事実上の評価判断に瑕疵があつたとしてもその瑕疵は法律上の権限に影響を及ぼすものではあり得ない。更に又右駅前広場設定事業の施工が関係諸法令の規定により本件条項を俟たずとも可能であるからと言つて、迅速、円滑な施行と言う要請から都市計画事業遂行の為に必要と認める条件を附することができない訳ではない。従つて杉並区長が本件条項を附したことを目して権限外の行為とは言うことはできないのである。よつてこの点の主張は理由がない。

よつて進んで本件各条項について検討する。

原告等は、本件条項(一)(二)(四)(五)が正当な補償なくして私有財産を収用若しくは制限するものであるから憲法に違反すると主張する、成程憲法に於て、正当な補償なくして、収用使用若くは制限することを禁じて居るが、それは一旦完全に取得された私有財産を事後に至つて収用使用若くは制限する場合を指称するものである。然るに本件条項は前述の如く建築許可そのものに附せられて居た制限であるから、本件は建築許可という利益が本件条項により内容に於て制限を受けたものとして附せられた場合であつて、施行令第十一条の二に於ては不許可即ち建築許可による利益附与の全面的拒絶さへも予定されて居るものであり、一旦無条件で与えられた完全な建築許可による利益を事後に於て剥奪若くは制限するものではないから、本件条項が右憲法の趣旨に違反するものとは認めることができない。従つて原告等のこの点の主張も理由がない。

本件条項(三)について考えるに、本件条項中には「行政執行法云々」の記載があるが、行政執行法は右建築許可のなされた当時既に廃止せられて居たことは公知の事実であり、行政執行法に基く代執行と言ふこともあり得ないことではある。然し行政執行法に代るものとして行政代執行法が制定されて居り、同法には代執行及び之に関する異議申立についての規定があるし、本件条項の主旨とする処は迅速な施行の為に代執行に対する異議申立権を抛棄せしむるにあることは本条項自体から容易に知り得る処であるから、右「行政執行法」とあるのは「行政代執行法」の誤記であると解される。行政処分に於ては、その明確性を尊ぶことから表示自体が重視されなければならぬものであるが、その表示自体の意味する処から誤記であることが明らかであり、且その真意とする処が知り得る場合には、その真意とする処に従つて訂正の上その効力を断ずべきものである。然し乍ら本条項は行政代執行法が国民に保証している違法な代執行に対する救済を求める権利たる異議申立権を具体的に発生する以前に予め抛棄せしめるものであつて、斯の如きは行政庁による国民の権利侵害に対する救済を剥奪するものであり当然無効のものである。

原告等は本件条項(五)中「転貸云々」とある部分は意思素示の要素に錯誤あるものと主張する。建築許可を受ける者は、自ら建物を築造し、その所有者となるものであつてその建物の賃借人となるものでないことは原告等の主張する通りであるが、本件条項(五)の主旨とする処が、右建築許可に基き築造された建物の所有権が第三者に移転し、又第三者が賃貸借関係に基き右建物につき正権原を取得し、然も本件条項(一)乃至(四)の効果がその第三者に及ばない時は前記駅前広場設定事業の施行に支障を来たすものとし、これを防がむとするにあることは本件条項自体よりして明らかであるから本件条項(三)に於けると同様右「転貸云々」とあるのは賃貸借一般を包含する「賃貸(転貸を含む)云々」の誤記と解すべきであつて原告等主張の如く意思表示の要素に錯誤あるものと見るべきではない。従つてこの点の主張も採ることができない。然し乍ら本件条項中条項(三)に関する部分は前述の処と同一の理由により条項(三)を譲受人、賃借人に承認せしむべき義務を負はしめることはできないものであるから当然無効と断ずべきである。

本件条項(六)について考えると本条項は条項(一)乃至(五)を受けての規定であるから、本条項に言う「転貸」とは条項(五)に於けると同様「賃貸(転貸を含む)」の誤記と認むべきものである。又本件条項に於て「賃貸(転貸を含む)(本件条項の表示によれば転貸)又は譲渡を受けた者」とは、条項(五)に於て一切の賃借人(転借人を含む)譲受人は条項(五)に定める承認をなすものと予定されて居ることからして、条項(五)に定める承認をなした賃借人(転借人を含む)譲受人と解すべきである。然る以上包括承継人たる相続人は申請人、賃借人(転借人を含む)譲受人の負う義務を承継するのは当然のことである。然し本件条項(三)については前述の通りに当然無効のものであり、又同一の理由により、賃借人(転借人を含む)譲受人に於ても条項(三)の効果を受けるものではなく、又相続人に対し本件条項(三)の義務を課することのできるものではないから本件条項中条項(三)に関する部分は当然無効と言うべきである。

原告等は本件条項(七)(八)は訴訟法上不能であると主張するけれども、原告等が被告との間に本件条項(一)乃至(六)の履行確保の為に一定の約定をなし、これについて公証人をして公正証書を作成せしめることは可能であると言はなければならないから、原告等の主張は本件条項(七)については理由のないものである。然し乍ら本件条項(一)乃至(六)の履行確保の為の約定に於ては、杉並区長が原告等に対し右建築許可に基き築造された建物につき何等かの私法上の請求権を取得することはあり得ない。従つて杉並区長は右建物につき売買譲渡並に質権設定禁止の仮処分を求むべき本案請求権を有しないもので本件条項(八)は民事訴訟法上不能の事項を定めるものと言うべきであるから当然無効のものである。

本件条項(九)について考えると、本件条項(七)(八)の費用負担を定めたものであるが、条項(八)が右の如く当然無効である以上これに基く費用負担ということも生じ得ないことであるから、本条項中条項(八)に関する部分はこれも当然無効と言わなければならない。

以上判示の通りであるから、原告斎藤の請求を却下し、その余の原告等の請求中本件条項(三)並びに条項(五)(六)中、条項(三)に関する部分及び本件条項(八)並びに条項(九)中、条項(八)に関する部分についてはこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用については、原告斎藤と被告との間に生じた部分は民事訴訟法第八十九条を適用して原告斎藤の負担とし、その余の原告等と被告との間に生じた部分は同条並びに同法第九十二条本文を適用してその五分の四をその余の原告等の負担とし残余を被告の負担とすることとし、主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 北村良一 山田尚)

目録

(一) 駅前広場事業により都知事が移転を命じた場合は三ケ月以内にその物件を完全に広場境域外に撤去すること

(二) これが撤去により生ずる総ての損失については都知事に対しその補償を一切要求しないこと

(三) 第一号の期間内に撤去しない場合は行政執行法により代執行せられるも異議を申立てないこと

(四) 許可を受けた建築物は一切担保に供しないこと

(五) 許可を受けた建築物を他に転貸又は譲渡する場合は、転貸を受ける者又は譲渡を受ける者が前四号の各条件に従うことを予め承認せしめ、その承認を証する書類を区長に示し区長の承認を受けなければならない。

(六) 前五号の各条は建築申請者及び転貸又は譲渡を受けた者の相続人にもその効力が及ぶこと

右六項の条件に関して左の私法上の措置を行う。

(七) 区と建築主との間に於て履行確保契約の公正証書を作成すること

(八) 建築主から建築竣工届があるや直に前記公正証書に基づいて売買譲渡及び質権設定禁止の仮処分をなしその事を登記すること

(九) 右に要する費用は申請者がこれを負担すること 以上

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